夜になって、昨日のHさん邸 で聴いたemmが良かったので、今までCD34改を使って試聴してきた音を、emmを和室から持って来て、つなぐ作業をしていました。夜八時過ぎに、近くまで来ていた大山さんから連絡があり寄ってくれました。SPケーブルを、使っていたMITと大山さんが持って来られたケーブルとの比較をして見ました。emmに変わった音は、さすがに悠揚迫らざる音で、安心感が生まれます。今週来られるMさんもemmなので、同じ土俵の上での比較になりますから、このタイミングではどうしても変えなければなりませんでした。鳴り始めた音は大山さんも驚く程の奥行きを出してきました。
翌日の夕方、仕事帰りのs.yさんも、わざわざ電車を降りて寄ってくれました。去年の11月には、試作一号機での40の音も聴いて頂いているので、その音の差を聴いて貰いました。
オーケストラではさらに透明度があがった感じです。スケールがさらに大きくなりました。ステージ上の演奏者と演奏者の間に充分な空間があるとでもいいましょうか。余裕をもって演奏しているように聴こえます。雄大な景観とでもいえるかもしれません。クラシックの曲の多くがヨーロッパの山岳地帯や、とうとうと流れる大河を描いているとすれば、その景観が眼前に広がる思いです。つまり曲想が現実のものとなって眼前に広がるスケール感とでもいいましょうか。あるいはまた壮大な教会の伽藍を思わせる空間の大きさです。
誤解を恐れずに書けば、いままでは、そこにオーケストラがあるように聴こえたものが、いまや、そのオーケストラの実物大の大きさの向こうに、その楽曲が伝えようとしている広大にして壮大な観念とでもいえるようなものが広がっている感じです。つまり作曲家や演奏者や指揮者の意図する作品の豊穣や厳粛が如実に伝わるということです。
さすがに、s.yさんです。「この体験は筆舌に尽くしがたい」と書かれた上で、的確にその違いを述べておられます。ようやく安定してきた音がではじめました。そのでも位置調整を行うときに、カリンの足の微妙な位置の違いで、音の質が変わるのが気にはなっていました。
金曜日の夜は、いよいよ、横浜のMさんです。Mさんのお宅の46センチウーファーを聴かれたHさんが、さすがにあの大きさのウーファーは入らないので、コンパクトにならないだろうかと言う言葉が、今回の実験のスタートでした。その本家本元のMさんは、クラシックがメインに開発してきた今度の音との差がどれほどあるのかを、確かめに来られたわけです。最近はヨーロッパの演奏会場を積極的に回り、本場でのクラシック演奏会の音を楽しんでおられるMさんは、若い頃から、長年、来日アーティストの公演のPAにも関わり合って、ポピュラーやJAZZの音作りをやってこられています。今日は、その舞台の音作りを仕事にされている、音響の専門家のご友人のHさんと一緒に、クラシックの演奏会場の再現を目指している私の音を聴きに来ていただいた大変重要な、また怖い日になったのです。
Mさんは、ご自分でもお使いになっている80の固有の音と、低域の繋がりを聴きに来られました。私もそのあたりの、問題点を忌憚なく話して頂きたくお呼びしたわけです。勿論使っていないと分からない細かな点の調整法だとかを確認し合いました。初めて来られたHさんは、さすがに専門家らしく、見られるポイントが違うと感心致しました。でもお二人に喜んでいただき,楽しい夜になりました。
SPの位置は大分決まってきたのですが、動いてしまう足の不安定さが調整を難しくしていますので、大山さんが前回来ていただいたときに置いていった、ねじ込み式の足に変えてしっかり固定しました。床との安定を図るためにがたつかない三点接地にしました。それが大きな音の変化をもたらしたのです。
Mさんが来られるのを契機に、部屋の整理整頓を奨めました。切っ掛けはBellwoodさんが、指摘された部屋の中の振動音でした。金属が振動していたのです。それを部屋の外に出し、右側に並んでいたT-Audioの機会を分散して、対称的に置き直しました。それと、散乱?していたCDを整理して、要らないCDと分別しました。これだけで随分とスッキリしました。精神的にも音響的にもです。ここから、後期に入ります。
翌日の夕方、仕事帰りのs.yさんも、わざわざ電車を降りて寄ってくれました。去年の11月には、試作一号機での40の音も聴いて頂いているので、その音の差を聴いて貰いました。
オーケストラではさらに透明度があがった感じです。スケールがさらに大きくなりました。ステージ上の演奏者と演奏者の間に充分な空間があるとでもいいましょうか。余裕をもって演奏しているように聴こえます。雄大な景観とでもいえるかもしれません。クラシックの曲の多くがヨーロッパの山岳地帯や、とうとうと流れる大河を描いているとすれば、その景観が眼前に広がる思いです。つまり曲想が現実のものとなって眼前に広がるスケール感とでもいいましょうか。あるいはまた壮大な教会の伽藍を思わせる空間の大きさです。
誤解を恐れずに書けば、いままでは、そこにオーケストラがあるように聴こえたものが、いまや、そのオーケストラの実物大の大きさの向こうに、その楽曲が伝えようとしている広大にして壮大な観念とでもいえるようなものが広がっている感じです。つまり作曲家や演奏者や指揮者の意図する作品の豊穣や厳粛が如実に伝わるということです。
さすがに、s.yさんです。「この体験は筆舌に尽くしがたい」と書かれた上で、的確にその違いを述べておられます。ようやく安定してきた音がではじめました。そのでも位置調整を行うときに、カリンの足の微妙な位置の違いで、音の質が変わるのが気にはなっていました。
金曜日の夜は、いよいよ、横浜のMさんです。Mさんのお宅の46センチウーファーを聴かれたHさんが、さすがにあの大きさのウーファーは入らないので、コンパクトにならないだろうかと言う言葉が、今回の実験のスタートでした。その本家本元のMさんは、クラシックがメインに開発してきた今度の音との差がどれほどあるのかを、確かめに来られたわけです。最近はヨーロッパの演奏会場を積極的に回り、本場でのクラシック演奏会の音を楽しんでおられるMさんは、若い頃から、長年、来日アーティストの公演のPAにも関わり合って、ポピュラーやJAZZの音作りをやってこられています。今日は、その舞台の音作りを仕事にされている、音響の専門家のご友人のHさんと一緒に、クラシックの演奏会場の再現を目指している私の音を聴きに来ていただいた大変重要な、また怖い日になったのです。
Mさんは、ご自分でもお使いになっている80の固有の音と、低域の繋がりを聴きに来られました。私もそのあたりの、問題点を忌憚なく話して頂きたくお呼びしたわけです。勿論使っていないと分からない細かな点の調整法だとかを確認し合いました。初めて来られたHさんは、さすがに専門家らしく、見られるポイントが違うと感心致しました。でもお二人に喜んでいただき,楽しい夜になりました。
SPの位置は大分決まってきたのですが、動いてしまう足の不安定さが調整を難しくしていますので、大山さんが前回来ていただいたときに置いていった、ねじ込み式の足に変えてしっかり固定しました。床との安定を図るためにがたつかない三点接地にしました。それが大きな音の変化をもたらしたのです。
Mさんが来られるのを契機に、部屋の整理整頓を奨めました。切っ掛けはBellwoodさんが、指摘された部屋の中の振動音でした。金属が振動していたのです。それを部屋の外に出し、右側に並んでいたT-Audioの機会を分散して、対称的に置き直しました。それと、散乱?していたCDを整理して、要らないCDと分別しました。これだけで随分とスッキリしました。精神的にも音響的にもです。ここから、後期に入ります。