Quantcast
Channel: GRFのある部屋
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2210

フォークトの美しき水車小屋の娘

$
0
0
今週の水曜日、風邪と花粉症をこじらしていたのに、電車を乗り継ぎ上野の森まで行ってきました。冷たい雨が止みきらないのに、上野の森には、お花見用の飲み物を持って入っていく人が一杯いて驚きます。この寒さの中をお花見する勇気と若さに驚きました。文化会館は久しぶりです。特に小ホールはいつ来たか思い出せないほどです。このホールでは昔、巌本真理弦楽四重奏団の演奏会を見に来たことを思い出します。それは強烈な想い出ですね。音楽関係者に連れられて終演後の喫茶店に行って、真理さんとお話ししたことも思い出しました。

さて、今日の演奏者のフォークトは昨年ローエングリーンを歌って評判を取った人です。私は、ローエングリーン・ニュルンベルクのマイスタージンガー・さまよえるオランダ人は、ワーグナーでも余り聴かないので、興味がなかったのですが、ローエングリーンで評判を取ったのなら、声が良いのは想像が付きました。

調べてみると、私の持っているヤンソンスのドヴォルザークのレクイエムのテノールがそうでした。明るい声のワーグナーテノールですね。この人が、美しい水車小屋の娘を歌うとどの様な感じになるのか、期待と不安が半分半分で出かけていきました。不安と言えば、演奏中、喘息みたいな咳が出たらどうしようと思っていました。そこで、暖かい格好をして、尚かつ、マスクをしながら聴きました。
開演まで随分待った気がします。ようやく現れた本人は、写真より若い感じがしました。そしてその声には驚きました。本当に甘く柔らかな声です。リートを聴いていると言うよりも、フォークソングを聴いている感じです。ピアノの音の方が大きく、声はよく通るのですが、大きな声では歌っていません。ドイツリートです。

水車小屋の娘は、合唱団に入っていた頃、よく歌って勉強していました。若いときに憶えた曲は、何時までも忘れずに残っているものです。次々と歌詞が出て来て、半世紀近く経っているのにまるで昨日憶えたように、楽譜がでてくるのには、我ながら驚きました。シューベルトの歌曲集は、フィッシャー・ディスカウのレコードが定番でした。そして、ヴンダーリッヒの甘え声が忘れられません。フォークトはそのヴンダーリッヒの再来とも言われていますが、歌い方は同じスタイルですが、タミーノとローエングリーンで声の質はまったく違います。

シュラーヤーがリヒテルのピアノで歌った冬の旅が家の装置の基準になっています。広い会場で音が伸び、声がしっかりと定位し、顔を向けている方向さえ解る録音です。その声の感じに似ています。しかし、ピアノは、リヒテルとは比べものには鳴らず、一音一音がしっかり演奏し切れていません。オペラの通し練習のような、アバウトな演奏で、シューベルトのピアノとしては失格です。

水車小屋では、揺れ動く若者の気持ちが、木の葉の陰影にも似て、輝き、日が差し、翳り、空が暗くなる様が、♯と♭の揺らめきで表現されます。その微妙な陰影とかすかな気持ちの動きが出てこないのです。柔らかく、弱く表現されるフォークトの演奏とは、合わない気が最後までしました。

12曲で一旦休憩、会場であったいつもの皆さんの感想も、きれいすぎるという感じでした。しかし、後半に入って、微妙にトーンが変わってきました。脆弱な感じが消えて、気持ちが定まっていたようです。聴いている方も少し肩の荷が下りました。緑の色の輝きがだんだんあせていく気持ちと共に、フォークトの気持ちが入ってきたようです。

第18曲目Trockne Blumen 枯れた花になったとき、歌い始めたフォークトが、突然歌を止めました。そして気を取り直して歌い始めた時は驚きました。今まで曲の内面には入らず、楽しいピクニックの延長できた曲が、突然シューベルトになったのです。安心しました。この様に歌えるのだと!
そして、第19曲目水車と小川の対話の中の小川の様に気持ちが和らぎ音楽が流れはじめました。
Ach, unten, da unten,ああ、底に、その川底に
Die kühle Ruh'! 冷たい安らぎが!

歌い終わったフォークトの晴れやかな顔は、歌い直してよかったと物語っていました。あのまま最後まで、一本調子だったらと思うと、どれだけガッカリしたでしょう。しかし、次回は、しっかりとシューベルトを弾ける、音のきれいな伴奏者と共演して貰いたいと思いました。そして詩人の恋を聴いてみたいですね。

翌日、ヴンダーリッヒの演奏を久しぶりに聴きました。確かに歌い方は相当参考にしているでしょう。でも声の持つ不思議はその人の人間性によります。Vogtの声には、Wunderlichの持っているような悲劇性はないのです。あくまでもローエングリーンの神の透明な声なのです。







Viewing all articles
Browse latest Browse all 2210

Trending Articles